竜船は竜文化の一つである。これは一種の特定の文化現象として、独特な風習がたくさんあって、広く伝わって来た。竜船節(端午節と関連させている)は春節、中秋節、重陽節などの民間祝日とともに千百年にわたって伝わったものである。これはもともと、愛国詩人の屈原を記念する祭りであったが、今はすでに大衆性のスポーツに変わった。それだけではなく、このスポーツは国境を越え、外国に伝わって行った。その影響の範囲はいかにも広い、影響力もいかにも深いことがわかった。屈原はこれを知ったら、他界できっと大笑いになるでしょう。旧暦の5月に入ると、東莞当地では竜船の銅鑼と太鼓の音は絶えずに耳に入って、ひっきりなしに起こる。なぜかというと、この時は各地で竜船の試合がもう開催されるからである。大衆は集まって大喜びであるので、ほかの文化娯楽の祭りの規模はその前に比べ物にならない。
老若男女でも、地元の人でも、外からの人でも、竜船の盛況を目にするため、皆こちらに集まってくる。学校でも子供達が現場の盛況を見られるため授業時間を調整し、観覧することを許す。元気いっぱいしている子供たちは笑いながら「竜船にすがりついて、竜の頭を跳んで、ブタ肉を買ってレンコンと煮て、大麻蝦は油を添える」という童謡を歌って、街のあちこちも喜色に満ちる。新しい竜船水に入る日は最も賑やかである。夜明けにならないうちに、村の青年壮年達はもう竜船を漕いで、爆竹を燃えつけて、銅鑼と太鼓を叩きながら、廟頭の南海神廟へ神様に礼拝に行って、世界平和、天候順調、老幼平安と願う。村中の人々は会食に行く。村の前に、皆が釜戸を作って、火をつけている。人々は力を尽くして、ニワトリやアヒルを殺して、野菜を洗って、魚と肉で九碗頭を作る。皆は一緒にテーブルを座って食事すると、とても賑やかである。このような規模の大きい民間の祝日がほかがない。規模の大きさと人数の多さは人々に感嘆させられる。新しい竜船は水に入る際、寄付の人にみな焼きブタを配る。このような焼きブタ肉を毎日買えるが、この焼肉が特殊な意味があり、神聖を持っているので、配られる人にとって、いかにも大喜びでしょう。隣村の親友から届けた金ブタの餅があって、祝賀を示している。
近くの村に、それぞれの竜船節(田舎者は“竜船景”と呼ぶ)を行う時間がお互いに違って、同じ日付けを免れる。 “扒標”する、つまり競技の竜船景があるし、 “趁景”、すなわち競技のない竜船でゲームをする竜船もあって、皆とも祝日を祝う。扒標といえば、とても賑やかである。健児たちは、みな鉄塔のように、しっかり立って、すごく力強い。ベルが響いたら、竜船は矢のように出発する。水しぶきは飛び散って、皆は目標を目指して努力する。沿岸の観衆の騒ぎ声が雷鳴のように轟く。今の試合ルートはより短くて、何キロメートルしかない。お年寄りによりますと、昔の竜船試合は何回廻って、何時間かかって、体力、スピード、知恵などを闘争する。試合の後、体格の素晴らしい青年壮年の人々も皆疲れ果て、手足も麻痺している。竜船の首を跳ぶ人は全船のキャプテンで、一番力強い、頭がよい、指揮が適切と要求される。銅鑼と太鼓を叩く人のリズムは明快で、力強く、士気を奮い立たせることが必要である。最も大事なのは船の前部の人で、扒頭桡”と呼ばれている。彼らは全人の中で一番力が強い人で、船の漕ぎリズムを指揮する。扒頭桡になれる人はとても光栄と感じ、船尾の舵手も少しもおろそかにすることができないのである。彼は竜船の方向を掌握して、細かい間違いがあっても、大きな過ちになる恐れがある。だから竜船を競うことが集団運動で、きっとお互いに協力して、心を合わせて、勝ることができるからである。
前の述べたように、新しい竜船が水に入り、或いはある村の竜船景の際に、きっと饗宴を用意して、客を招待する。村の中から招待状を出して、周りの親友を招待する。彼らは竜船を漕いで、船上には客がいっぱい座って、贈り物を持って来て、共に友情を語り合う。今の竜船は友情の使者、感情のきずなになった。偶には新しい竜船は村を通ることがある。もし村の中にこの竜船の親戚あるいは親友がいれば、自ら贈り物を持って行って、竜船標(布一枚)の上に相手の名前を書いて、親友に贈呈して、祝賀を示すことである。贈り物を受ける竜船はゆっくりと接岸して、爆竹をつけて、もみ手をしてお辞儀をする。その場合は非常に威武である。竜船景の際で、招待状を出して、周りの友好的な村を招いて興を添えにくるように招待する村もある。招待された村は人々を集める。大人でも子供でも、竜船に乗って、船に人いっぱいでこの村の上流に来て遊竜するほか、盛大なもてなしを受ける。彼らは友情の使者になって、双方の感情を増進することができる。村民達が親友を招いて祝賀しに来る。そのとき、ニワトリやアヒルを殺して、ちまきを作って贈呈して、どの家でも親友で満席になる。親友が多ければ多いほど主人は顔が大きいと示す、その逆に顔が小さい。竜船の佳景に当たって、親戚と友人を招待して、共に話し合って、濃い故郷の人情風土は美しい虹になって、心の中に長く残っている。
同郷の人達は竜船の試合が生命と同じに重要だと思う。訓練する時、村の最も壮健な村民を選んで、厳しい日差しと風雨を我慢させ、いい成績は目標として努力する。もし勝利を収め、一位の竜船になったら、選手たちは英雄のように待遇を受ける。それに、盛大なもてなしを用意して、酔うまで終わる。みんなは意気揚々として、共に凱旋を祝う。
竜船については禁忌がある。それは女性が船に乗ることを許さない。まして竜船を漕ぐことがなおさらである。時には竜船は橋の下を通せば、橋上には女性が歩くことができない。そうではないと不幸を示している。これは全く封建的な思想のせいで、男尊女卑なのである。幸いなことに、このような気風はここ数年来は変え続いていて、女子の竜船隊も組織させ、女性達の姿は、男の人と同じように、皆意気揚々として試合する。
歴史の長い竜船文化はそれなりの魅力を持っていて、人々の思想に影響している。千百年来、代々に相続して、強大な生命力を持っている。その特有な風俗習慣は非常に面白い。今日、竜船はすでに大衆性の健康に良いスポーツになった。国境を超え、光栄を手に入れる。东邑当地に、竜船の太鼓の音は、人に奮起させるようにしている。水上の蛟は勇気を出して栄光を勝ち取る。協力して、共に素晴らしい未来を作るように。 |