粤劇は「広東梆黄」、「広東梆子」、「広東大戯」とも呼ばれる。広東省の代表的な地方芝居の一つだ。粤劇は広東の民間曲調を土台にして、弋阳腔、昆山腔、秦腔、徽班などの地方芝居の長所を吸収して形成した独特の芸術だ。広東省や広西省やマカオなどで好まれる。
粤劇の節回しは拍子木と二黄の板腔体を初め、曲調体は補佐する。同時に南音、粤讴、木魚、竜船、板眼などの広東民間の曲調の特色を保留する。伴奏器材には弦楽と打楽器が二種類ある。管弦楽は高胡、二弦、洋琴などの楽器を用いるが、打楽器は沙鼓、卜魚、高辺鼓、大きいはつなどを使う。????粤劇の役は最初に末、生、旦、净、丑、外、小、夫、贴、杂で行ったが、後は簡略化して“6柱制”になって、つまり文武生、小生、正印花旦、二帮花旦、醜生、武生だ。粤劇の出演は豪快で、質朴だ。よい役者が普通は「耍筋斗」や「滑索」や「踩跻」や「运眼」や「甩发」や「髯口」などの絶技を持つ。粤劇には伝統劇がいくつかある。初期は「江湖十八本」と言う芝居がある。清同治の時に「西河会」「双结缘」「雪重冤」など所謂「新江湖十八本」の芝居がある。清光绪の時に、台詞や歌に重視する「粤剧文静戏」が現れた。例えば、「仕林祭塔」とか「黛玉葬花」とか。中華民族共和国が成立した後で、整理改編によって作り出した芝居には「宝莲灯」や「平贵别窑」や「赵子龙催归」などがある。
広東人にとって、特に広州人、出国に定住するあるいは短い公務と旅行するのに関わらず、身は異郷にいるという感じになっていない。なぜかと言うと、食べるのは広東料理で、聞いたり話したりするのは依然として広東語だからだ。その上、国外にいる華人が常に誇りを持って「全世界で華人がいるところには必ずと言ってもいいほど広東人がいる。華人のいるところでは必ず広東料理(広州の美食)が食べられる。その上、華人がいるところには広東の曲と粤劇が好きな人がたくさんいる。」と言っている。これからして、、粤劇は広東と広州人にとって欠くことができない存在だと言うことが分かった。 粤劇は「南国红豆」とも呼ばれる。1956年5月に広東粤劇団は北京に公演に行った時に、周恩来総理は主要な役者に接見して、そして座談会の上で粤劇が「南国红豆」だと語った。周恩来総理が「南国红豆」で粤劇に比喩したのは最も適切だと言えよう。粤劇が南方の産物だと説明して、唐アズキのようにきらきらと透明でかわいくて、しのばせられる。
全国の400余りの種類の地方芝居の中で、祖国の花は錦の如しの伝統劇の百花園の中で、「南国红豆」である粤劇は独特の風格があって、歴史が長くて、しかもしっかりと根を張り発展した。粤劇は一面に珠江両岸に深く根ざしているだけではなくて東南アジアのシンガポール、マレーシア、タイ、ベトナムとオーストラリア、ニュージーランド、カナダ、米国、メキシコ、キューバの一帯まで(へ)移植する。
広東省で、広東語を使う4千万近くの人口のほかに、広西省の大部分の地区と香港とマカオなどの人口をさらに加えて、その影響はかなり深い。粤劇は華南で一番広く伝わって、最も多い観衆を持つ地方芝居と言えよう。
粤劇は300数年の発展の歴史の中で、自分の芸術の風格のいくつかの特色を形成した。
一、可塑性は大きくて、民間のものや新しくて優れるものや外来のものを吸収することができる。粤劇の発展史から見て、粤劇が民謡や他の劇や流行歌や文明劇や映画出用いるいくつかの出演の方法を吸収してきた。
二、音楽性が豊かだ。曲調は多くて、新しい曲は多くて、新しい曲は次々と劇に入る。その上、広東音楽は世界的に有名だ。観衆は粤劇の内容を鑑賞しないけれども、しかし広東音楽、芝居の音楽に対して依然として傾倒してやまない。
三、粤劇の芝居の外題は多くて、新しい劇が多い。粤劇の芝居の外題は3千余りに達して、全国の400余り種類の劇の中で、芝居の外題のわりに多い劇の1つだ。広大な題材は、観衆の視野を拡大したり役者の演技を鍛えたりするには大変役立っている。こういうことも他の地方の伝統演劇にはめったにない。
四、粤劇の伴奏楽団の発展がとても速い。初期の5、6の人(5件頭)から10余り20人まで(へ)発展してきた。そして中国と西洋楽器を結合して採用して、わりに多くの西洋楽器を使う。例えば、バイオリン、薩克斯など。国内のすべての地方芝居の中で、無二だと言えよう。
五、粤劇の詞曲が比較的に分かりやすい。生き生きとして、活発な方言の口語は劇に入って、特に“せりふ”の中で運用するのがとても適当だ。 |